山本勘太夫社中では、社中が回檀を休止する期間にも様々な活動をしております。
本拠での祭事を始め、道具や衣装の制作、稽古合宿、そして大神楽近代史の調査研究です。

泉州の回檀を終えた勘太夫社中は、大神楽近代史研究の一環のため8月5・6日、本拠地である三重県桑名市の隣町、四日市市にて行われた“大四日市まつり~郷土の文化財 民謡と獅子舞~”に登場する当地の獅子舞を拝見して参りましたのでご報告致します。

 

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

四日市では20ヶ所以上で獅子舞が受け継がれており、その過半数は現在の鈴鹿市を発祥とする箕田流、山本流、中戸流、稲生流と呼ばれる「四山の獅子神楽」の系統と伝えられています。一部地域では伊勢大神楽講社の社中より指導を受けた事例もあるなど、桑名の太夫と阿倉川(※旧桑名藩領で現在は四日市市)を本拠とし発展した伊勢大神楽と四日市一部地域の間では一定の交流が行なわれていた事が確認できます。

 

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

△浜田舞獅子

10月に行われる諏訪神社の祭礼・四日市祭に奉納される。かつての四日市祭には「おおやま」と呼ばれる巨大な山車が4輌あり、その上で獅子が舞った。浜田舞獅子は浜田大山車で舞われたもので、箕田流の流れを汲む。獅子とともに舞う口取りの装束や、大太鼓などが他の獅子舞と異なるのも特徴(引用元:第54回大四日市祭り公式)

 

 

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

△市場町獅子舞

地元の伝承によると、室町時代に保々西城主朝倉備前守が武運隆盛と五穀豊穣を祈願し、獅子舞を奉納したことに始まるという。現在の舞は、箕田流に属し、明治初期に山之一色村(現四日市市山之一色町)から習ったと伝えられる。毎年10月の殖栗神社祭礼に奉納されている。(引用元:第54回大四日市祭り公式)

 

 

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

△椿岸神社獅子舞

鈴鹿市の椿大神社と関係が深い椿岸神社の獅子舞。毎年10月の例大祭に奉納されている。椿大神社を祖とする山本流の舞を伝承し、四日市市内に多く伝わる箕田流の獅子頭と比べると、おもむきが異なるのがわかる。(引用元:第54回大四日市祭り公式)

 

 

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

△御館獅子舞

天武天皇が西坂部の江田神社に獅子頭と神面を奉納したのが起源と伝えられている。毎年10月の江田神社の秋祭りに家内安全、五穀豊穣等を祈願して奉納。現在の舞は、山本流を習ったものである。演目は初段の舞、扇の舞、後起こしの舞、御湯立の神事、小獅子の舞、花の舞が伝承されている。(引用元:第54回大四日市祭り公式)

 

 

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞 伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

△新正町獅子舞

古くは、赤堀村の氏神八坂神社に奉納されていた箕田流の獅子舞。樋之口は雌、新正は雄と伝わり、雌に比べ勇猛な舞が特徴。新正町が常磐地区から浜田地区に編入されたことから、戦後は諏訪神社の祭礼・四日市祭に新正町の邌として奉納され、昨年15年ぶりに復活した。(引用元:第54回大四日市祭り公式)

 

 

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

△南浜田舞獅子

諏訪神社の祭礼・四日市祭に奉納され、延宝年間(1673~81)にすでに存在したのではないかと推測される。浜田舞獅子と同様、かつて南・北浜田が隔年交替で曳いた大山車で舞われた。獅子の横で舞う口取りの冠が雅楽風であったり、大きな楽太鼓を用いたりするなど、華やかな都市祭礼の風流を思わせる。(引用元:第54回大四日市祭り公式)

 

 

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

△四日市の獅子舞と伊勢大神楽それぞれの“舞”

伊勢大神楽には八つの舞が現存している。扇の舞など一部の舞は四山の獅子神楽の舞と明確な共通性が確認でき、舞の定義こそ“似て非なる”ものの、現時点の考察では獅子神楽の系統としてはかなり近い存在と捉える事ができる。

伊勢大神楽の舞に関して言えば、一日に100度以上も神楽を奉納する。それを去年も今年も、今日も明日も一年中旅をしながら続けていく。神楽が日常だから芸能としては大きく変化する隙がない。半世紀~一世紀以上前の資料を見ても現在と大きな変化がないのは必然と言える。

その点、各地の祭礼で奉納される獅子神楽は長らく伝承されたものであっても奉納機会は年に数度であるから、村社会の変化と比例する形で現在の舞型へといきついているのかもしれない。その中で専従の大神楽師が伝承してきた伊勢大神楽と地域の民俗芸能者が伝承してきた四日市の獅子舞に一定の共通性を見つける事ができたことは大きな発見と言える。(話:山本勘太夫)

 

 

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

社中では昨年に続き2年連続で大四日市まつりに足を運び四日市の獅子舞を拝見しました。昨年は社中の大神楽師、本年は社中の運営部が調査に出向きましたが、小道具や舞手の所作など表面的な要素だけではなく、細部の様式など含め伊勢大神楽と共通する点も確認でき、大神楽近代史を研究する上で大きな収穫を得る事ができました。

 

 

伊勢大神楽 山本勘太夫 獅子舞

老若男女問わず地域の民俗芸能者達によって受け継がれてきた四日市の獅子舞。

今後も小さな芸能者達の成長を見守り続けたいと思います。。