伊勢大神楽講社の家元

Main branch of a family

文化13年(1816年)の古文書「連中取締之事」において、太夫村より諸国を巡る大神楽として「山本源太夫・森本忠太夫・山本勘太夫・加藤孫太夫(加藤菊太夫本家)」の名が既に確認できる。また、文化8年(1811年)の古文書「海老小誌」には阿倉川代神楽七家に関する一節があり、現在は伊勢大神楽講社に合流している石川源太夫の名が明記されている。


山本源太夫

Gendayū Yamamoto

伊勢大神楽の宗家である。屋号は北山本。当代の源太夫は伊勢大神楽講社の講社長を担う。二十二代目山本源太夫は伊勢大神楽講社の創始者であり、現在の伊勢大神楽の礎を築いた。また、太夫達の鎮守神である増田(益田)大明神は源太夫家の屋敷神である。慶長年間に太夫村を開発した二名の一人、山本市太夫は山本家の祖先であり、三重県鈴鹿市山本町に鎮座する伊勢一之宮椿大神社の社家である山本家を出自とする伝承が双方に存在する。古来よりの檀那場は滋賀県・福井県・大阪府。

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森本忠太夫

Chūdayū Morimoto

屋号は東森本。現存する5つの社中において、最も古の様式を残す社中と言われる。特に獅子舞の舞手・音曲に於いて、一貫して改変を行わず、古式の手が現代までそのまま引き継がれていると言われる。また、塩飽諸島や小豆島など本土を離れての回檀を行う唯一の社中でもある。

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加藤菊太夫

Kikudayū Katō

神楽支配を家職としていた公家・持明院家と深い繋がりを持ち、主に鳥取県を檀那場としていた加藤孫太夫の分家にあたる家元。檀那場以外での総舞披露や公演活動にも力を入れている家元であり、2008年・2009年には韓国公演を行うなど、海外公演も積極的に行っている。古来よりの檀那場は滋賀県・鳥取県・岡山県・島根県・大阪府・兵庫県。また、全国各地に伝承が残る伊勢大神楽系の保存会の中で唯一『伊勢大神楽 山城修社中(三重県尾鷲市)』を下部団体として公認・交流している。

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石川源太夫

Gendayū Ishikawa

江戸後期~明治初期まで太夫村と勢力を二分していた東阿倉川村(三重県四日市市)系の家元である。太夫村の家元達が増田大明神(天照大神)を祭神として斎奉いるのに対し、東阿倉川村の家元達は高宮大明神(豊受皇太神荒御魂)を祭神として斎奉している。東安倉川の伊勢大神楽が衰退を始めたのを機に活動の拠点を桑名へ移し、現在では伊勢大神楽講社の家元として増田神社の祭礼に参加している。滋賀県・和歌山県・大阪府・三重県を檀那場としている。

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